― 幸せに生きる為の勇気・元気の出る言葉 ―

第2回 自己破壊とは何か(1)  鴨志田恒世著作集の第1集 「人間の心」p・88からの抜粋

 

 バラ色の人生を夢見て、進学とか、結婚とか、就職とか、普通に世の中の人々が行っている事ですが、もう一歩、人間の心というものの中に立ち入って、それをそうあらしめている所の原因は、何であるかを考えて見る必要があります。人生に於いては、物事が99%成就して、あと一歩と云う所で完全に失敗するという事を、生涯の中に何遍も繰り返す人や、常に病気勝ちで、慢性病弱の不運を嘆く人々がいますが、これはその人の幼少時に於いて、心の中に形成された自己破壊的衝動によるものであります。自己破壊のエネルギーに、自らが支配されているものであります。

 生命には生の本能と死の本能、即ち生きようとする本能と同時に死のうとする本能があります。この生の本能と死の本能を、建設的な本能と破壊的な本能と呼んでも間違いではありません。人間は、この建設的な本能と破壊的な本能を、うまく外面に表現する事によって生活を続けて行くのでありますが、これがうまく表現されない場合は、自己破壊のエネルギーになって参ります。

 江戸時代の碩学に、新井白石という人がおりますが、幼少の折に、学問に志を立てた時「生まれて王侯たらずんば、死して閻羅となるべし」と言ったと伝えられておりますが、この言葉は端的に、この間の消息を説明する心理を表現しております。

 自己破壊的衝動について二三の例を挙げますと、誰かが自分に対して極めて不快な事をした場合、心の中では非常に怒り、そして非難していても、これを露わに表面に出して、非難する事も出来ないという様な場合は、そのエネルギーを内部に転換してしまいます。そして、若しその時に炊事をしているとすれば、そのエネルギーが自分の使っている包丁で、自分の手を切ったり、またはハンマーで釘を打っている時に、自分の指を叩いたり、あるいはゴルフをしている時に、一所懸命に球をふっ飛ばすつもりでクラブを振ったのが、自分の足をいやと言うほど引っ叩いて、怪我をすると云う様な現象が起こって参ります。

 それは表面的に見ますと、自分が疲れている為に、判断が間違ったから、そういう事が起こったのだと云う様な常識論的な判断も可能でありますが、実際に専門家の沢山のデータを見ますと、決してそう云う単純なものでは無くて、潜在意識の自己破壊のエネルギーが、精神病理学的な合目的性を実現して行くものだと云う事が分かります。

 

注:「エネルギーを内部に転換とは」、破壊的エネルギーを抑圧する事により、心の潜在意識、即ち無意識の領域に沈下して、表面の意識からは消え去ったように見える事を「意識の沈下作用」と云い、そのエネルギー消え去った訳ではなく、ダイナミックに力を持ち続けると云う事です。

 

幸せになる為には、破壊的エネルギーを心の中に溜め込まずに、建設的なものに転換しなければなりません。次回は更に具体例を取り上げます。           

                                          NPO法人 わたつみ友の会広報部

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